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二宿六峠小話

■吐月峯柴屋寺は、今川家軍師宗長の謎の司令基地だった

  知名度・認知度   ★★☆☆☆(星2つ)

 吐月峯柴屋寺は、戦国時代を代表する知識人連歌師宗長(そうちょう)の晩年の庵である。宗長が開いた柴屋寺の庭園は、規模は小さいが京都銀閣寺を模倣したとも云われ、寺の境内には宗長が京都の嵯峨野から竹をこの庭園に移植した。また宇治の茶を育てていたことでも知られる。
今川氏親の軍師であった宗長は、諸国を遊行しながら各地の情勢を把握し、それを今川氏親に逐一連絡していたという。その宗長も晩年は柴屋寺に身を寄せながら、連歌を楽しんでいたのが表向きの姿であった。
ところがこの寺は、今川家の秘密情報基地だったという。宗長の庵〔柴屋寺〕は、名月や宇宙かなたの星空、それに周辺山々の四季の美しさを眺める借景庭園として有名だ。ところがこの借景庭園は、実は宗長が風雅に明け暮れていただけでなく、彼方の山からたちのぼる狼煙(のろし)を見分けていたのも宗長だった。尺八を吹きながら庭先に詰める家臣に宗長は指示し、次の指令を庵で焚く「焚き火」の炎で知らせていたという。
丸子宿周辺には、「細工場(さいくば)や大炉(おおたたら)」という地名がある。ここは、今川時代の宗長の軍事工場〔兵器製造所〕の地名といわれている。
テーマ:その他〔今川時代〕
 
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