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二宿六峠小話

■家康、織田信長を蒲原御殿に招待。幻の蒲原御殿

  知名度・認知度   ★★☆☆☆(星2つ)

 天正3年〔1575〕の長篠の戦に勝利した家康は、その余勢をかって織田信長の支援を得て天正10年、武田勝頼を滅ぼした。家康は武田家領地を支配することを信長から許されると、お礼の気持ちを表すため蒲原宿に立派な御殿を造営し信長を接待した。それは今から420年前の事だった。
完成した御殿に招待された信長は、富士川を越えて蒲原に至る途中の浮島ヶ原〔沼津〕と愛鷹山の景色を楽しみ新設された蒲原御殿に到着した。その時の応接振りは、前例が無かったほど豪華であったという。
この時に織田信長は、蒲原地域がどういう所か興味を持ち、地域の歴史に詳しい人物を呼び寄せていろいろ蒲原の故事伝説を語らせ興味深く耳を傾けたという。蒲原御殿はその後の慶長17年〔1612〕3月16日、二代将軍秀忠もこの御殿に宿泊した。ところが元禄12年〔1699〕地震と津波、それに富士川の大洪水で蒲原宿が流出した。御殿があった場所は、現在の若宮神社周辺という。
テーマ:徳川家康(大御所)に関わる小話
 
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